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ポルトガルなどについて

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勉強をしました。元にかわり中国を支配した明は、倭寇対策を理由に貿易の統制を強化しました。また、明の永楽帝は、宦官の鄭和をインド洋方面に派遣し、朝貢貿易網を拡大しました。

一方、16世紀なかば以降は人口が急増したことなどから東南アジア方面に移住する中国人が増加し、華僑とよばれるようになりました。

894年に遣唐使が廃止された後も、日本と中国の交易は日本海から東シナ海にかけて続けられていました。この交易では日本刀・工芸品・陸奥(現在の東北地方の一部)の金などが日本から輸出され絹・陶磁器・銅銭などが輸入されました。

このうち、銅銭は日本国内でもそのまま流通し、日本の貨幣経済に大きな影響をあたえました。15世紀初めに室町幕府の足利義満が、明に朝貢して勘合貿易を許されると、日明両国に朝鮮を加えた東アジア世界の交易網はいっそう活発化し、堺や博多などの港町が栄えました。

日明間の勘合貿易が16世紀なかばに中止されると、このころ日本に来航したポルトガル商人を仲介として日本の銀と中国の生糸が取引されました(南蛮貿易)。http://www.academysask.com/

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